大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和39年(わ)2660号・昭39年(わ)4972号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕(無罪となる公訴事実の要旨

被告人小林利雄は、昭和三九年三月一日午後三時ごろ普通貨物自動車を運転し、難波片江線市道を時速約四〇キロメートルで東進し、大阪市生野区猪飼野東二丁目六三番地先附近にさしかかつたが、同所の道路巾員は約七・四メートルに過ぎない交通頻繁なところであるのみならず、被告人は運転免許を受有せず運転技術が未熟であつたから、このような場合自動車を運転する者は道路交通の状況を勘案し危険を感じたらいつでも応急措置を講じることのできる速度と方法で車道左側を通行するのはもちろん前方左右を注視し障害物の早期発見に努め、避譲停車等適宜の措置をとるなど事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるにもかかわらず、不注意にも叙上の措置をとらず、前示同一速度で車道中央部を漫然進行した重大な過失により、おりから右斜前方を遠藤宗雄(五歳)が右から左へ北に向つて小走りで横断するのをその間の距離が約四・四メートルの至近に迫つて初めて発見し、急停車措置をとつたが及ばず、自車前部を同児に衝突せしめて路上に転倒させよつて同児に対し加療約二ケ月間を要する右脛骨々折の傷害を負わしめたものである。

(右公訴事実につき無罪の理由)

被害者の母親遠藤繁子は、「三男を右に、次男(被害者)を左において手をつなぎ南がわの歩道上を西から東に向つて並んで歩いていたが、次男が何と思つたのかつないでいた手をふり放して南から北に向つて小走りに道路を渡つて行くのを見て、ハツとして次男の方に視線をやつたとき渡つている次男のすぐそばに西から東に向けて進行してきた自動車を見て危いと思い子供のそばに行こうとした瞬間次男はその自動車に当てられ路上に転倒した」と事故当時の模様を述べている。しかし、被害者が歩道から車道に出た位置、自動車に接触した位置、転倒した位置、小走りの程度、自動車の接触部位などについて、同人は何も語つていない。右各位置については被告人の事故後の現場における説明を記載した実況見分調書がほとんど唯一の証拠であるが、これによつても右各位置が明確に表示されているとは認めがたい。ことに同調書中にはXの表示があるが、これが何を意味するかは不明であり、のちにその点についてなされた説明もない。このX印は道路(巾員七・四メートル)の左端から四・〇メートルとなつているが、図示されている自動車の前部ほぼ中央(やや右寄り)に記載されており、これが自動車と被害者との接触位置だとみると、自動車の停止位置や被害者の転倒位置がこのX点からさらに約一九メートル東進したところにある旨同調書上に記載されているのに被害者の傷害の部位程度が約二ケ月間の加療を要する右脛骨骨折のみに止まつていることが理解しにくいし、またこの調書に基いての被疑者の捜査時の供述内容が「自動車の右側前部で接触した」となつているのとも相反していることになるのである。したがつて同調書上のX印は証拠上無視するよりほかがない。

そうなると、本件事故は被害者が車道上を直角に横断して自動車右側面線上の前部で自動車に接触したと考えることも証拠上可能であり、その場合の自動車の位置についても被告人の捜査時の供述調書中に「車道中央部を進んでいた」旨の記載があるのでちようど車道の中心線上に自動車の中心線がのつていた可能性もあるわけである。

右はいずれも数ある可能性の中の一場合に過ぎないが、ひとまずそうであつたとして検討してみるとつぎのとおりである。

(1) 車道の巾員が七・四メートルであり、自動車の巾員は一・五一五メートルであるから、右側歩道と車道との境界線から自動車右側面までの直線距離は二・九五メートルである。この間を小走りで進んだ被害者の速さは不明であるが、曾根崎幼稚園喜多山教師(体育担当)発信、検察官渡辺俶治受信の電話要旨書によれば「同幼稚園一六〇人の園児についての昭和三九年におけるデーターにもとづくとき、五歳児の走る速度は二五メートルを全速で疾走させると所要時間は七秒から六秒八ぐらいである。通常の歩行速度は一分間に一五〇歩で一歩の歩巾は五〇センチから五五センチである」とある。これにしたがえば、前記二・九五メートルの間を被害者が小走りで進んだのに要した時間は〇・八〇秒から二・三六秒までのあいだにあると考えてよい。さらに、右要旨書には「通常の運動能力を有する者が走り出したときのスピードは二五メートルに換算して八秒から一〇秒程度であり、したがつて競走などの目的でなくとつぜん走り出したりするときの速度は二五メートルを八秒から一〇秒要するものと考える」旨の記載がある。この記載にしたがつて本件事故当時の被害者の車道上での速さを八秒ないし一〇秒として計算してみることが誤りであるとする根拠はない。そこで八秒として計算すれば被害者が車道上に足を踏み出してから自動車に接触するまでの時間は〇・九四秒(一〇秒として計算すれば一・一八秒、以下カツコ内に一〇秒として計算した場合の数値を記載する)である。

(2) 当時の被告人の自動車の速さは約四〇キロメートルとあるので毎秒一一・一メートルであつたと仮定することも可能性の範囲内である。そこでそう仮定して計算すると、前記〇・九四秒(一・一八秒)間に同自動車が進行した距離は一〇・五メートル(一三・一メートル)である。すなわち被告人は接触地点よりも一〇・五メートル(一三・一メートル)手前で車道に足を踏み出した被害者を発見し得たはずだということになる。

(3) この発見と同時に危険を認識し得るか否か、認識すべきであるか否かには多少の疑問があるが、認識することができかつ認識すべきであるとして考えを進めてみる。この場合運転者としてはただちに急停止の措置をとるべきであるが、危険を認識してからブレーキが作用し出すまでの間には多少の空白時間(人間としての動作のための時間と機械が効き出すまでの時間との和)があり、これを〇・三〇秒として前記(1)で算出した〇・九四秒(一・一八秒)から差し引くとその差は〇・六四秒(〇・八八秒)になるが、これに対応する距離七・一五メートル(九・七八メートル)のみが接触地点までにブレーキが作動しながら進行する距離となる。

(4) ところで本件自動車の本件事故時と同様の状況下における制動距離はその後実験がなされたあとがなく、不明であるが弁護人提出のパンフレツト(大阪府警本部、大阪府交通安全協会発行の「新しい交通のルール」第二集)中には乗用自動車を図示した上、「時速四〇キロメートルの場合自動車は危険を感じてブレーキを踏むまでの間に五、五メートル進み、さらに滑走して進む距離が一一、〇メートルである」旨記載されている。すなわち時速四〇キロメートルの場合の制動距離は一一、〇メートルであるというのである。事故当時の車道はアスフアルト舗装であつたから時速四〇キロメートルの場合の制道距離はアスフアルト舗装の新旧、路面の乾湿、自動車の制動機能の高低等によつて差異はあるが、一般に、だいたい七ないし一一メートルぐらいと考えてよさそうである。また、道路運送車輛保安基準第一二条によると本件のごとき自動車の場合にあつては、時速三五キロメートルの場合の制動距離が一四メートル以内である主制動装置一系統を備えればよいことになつている。こうなると、前記「制動距離一一メートル」なる旨の弁護人提出の証拠上の記載はけつして長すぎるとするわけにはいかず、本件事故当時の本件自動車の制動距離は右記載のとおり一一メートルであつたのかもしれないのである。してみれば、被害者が車道上に足をのり出したとたんに危険を認識して急制動の措置をとつても、本件で被害者と自動車が接触した地点までに自動車が停止することは不可能である。

(5) もつとも、ただちに急制動の措置をとつておれば本件での接触地点に自動車の前部が到達するまでの時間が本件で実際そうなつた(なんら制動の効果のないまま接触した)のよりも多少遅れるはずである。念のため当時の制動距離を一一メートルとして右の時間を計算してみると、被害者の速さが二五メートルに換算して八秒の場合だと本件で実際そうなつたのよりも約〇、一八秒遅れることになるし、被害者の同様の速さが一〇秒の場合だと約〇、四六秒遅れることになる。前者の時間内に被害者が進行する距離は約六二センチメートル、後者の場合の同様の距離は約一、二五メートルであり、いずれの場合であつても、被害者がこの間なお同様の方向に同様の速度で進行し続けるものと仮定するかぎり、ただちに急制動をかけることにより今度は自動車の前面で被害者をはねることとなり、本件で実際あつたのよりもより大きな傷害の結果をひき起したとも考えられるのである。また、急制動と同時にハンドルを左へ切つたとしてもそのまま進行を続けたであろう被害者との接触を避け得たとは言いがたい。

検討の結果は以上のとおりである。すなわち、被告人の捜査当時の供述では約四、四メートル前方にはじめて被害者を発見したとあり、このとおりだとすれば発見が遅すぎるということにはなるであろうが、かりに被害者が車道へ足を踏み出したとたんに危険を認識して急制動の措置をとつても、またこれと同時にハンドルを左に切つたとしても、同じように被害者との接触事故が起つていたであろうといえるのである。換言すれば、本件事故は被害者がとつぜん被告人の自動車の方に飛び出してきたために生じたものとしてさしつかえがないわけである。この検討の結果は数ある可能性のなかのあるひとつの場合を選んでみたことによるのであるが、選択した可能性はかなり平均的なものであり、その可能性を排除するのを相当とすべき証拠のない本件では、被告人の発見が遅かつたため事故が起きたとして被告人を問責することができない。

なお、起訴状の公訴事実中には「運転技術が未熟であるからもつと徐行しなければならない」とある。しかし、本件事故の具体的態様は運転技術未熟の故にとつさの運転操作を誤つたものではない。また、技術非未熟者であれば現場の制限速度毎時四〇キロメートルで進行できることになるが、その場合には事故の発生を防止することができない。すなわち、右の起訴状の立論は非未熟者でも避けられない事故を未熟者に対し避けよと要求するだけであつて、この立論をもつて本件事故につき被告人を問責するわけにはいかない。つぎに、起訴状の公訴事実中には「道路巾員が七、四メートルに過ぎない交通頻繁なところであるからもつと徐行しなければならない」とある。たしかに、制限時速四〇キロメートルの道路であつても道路、交通の状況によりなお徐行しなければならない場合のあるのは当然のことである。しかし、本件事故は交通繁雑とはなんの関係もなしに起つたものであり、しかも当時制限速度以下にスピードを落して進行しなければならないほどの交通繁雑があつたか否かも証拠上不明である。この点について附言するに、幼児が母親に手をつながれて歩道上を歩いていたからといつて、その後その幼児がとつぜん車道上に飛び出して小走りに横断するかもしれないことを予測し、あらかじめスピードを落さなければならない義務はない。だから本件で被告人に徐行違反の責を問うことはできない。最後に、起訴状の公訴事実中には「車道左側を進行しなければならないのに中央部を進んだから本件事故が起きた」とある。なるほど、本件事故は右側歩道から飛び出して来た被害者と車道中央附近を進行中に接触したのであるから、自動車があらかじめ車道左側を進行しておれば事故にはならなかつたかもしれないと言えるのである。そして一般に自動車は車道左側部分上を進行しなければならないのは当然のことである。しかし、本件では被害者は左右の交通の安全等をなんらたしかめることなくとつぜん車道の横断を始めたのであつて、車道右側部分(被害者からすれば車道のうち手前の半分)上には西(被害者からすれば左)方から来る車輛はないとの信頼に立つて行動していたのではない。だから、規範的にみれば、反対側の歩道から車道に飛び出して道路左側または中央部を東進して来る自動車と接触した場合、あるいは本件と同じ側の歩道から飛び出して道路左側を正当に西進して来る自動車と接触した場合と等価値である。すなわち、本件において自動車が左側(北側)を通らず中央部を進行していたから南側から飛び出して来た被害者に接触したというのはたんなる結果論に過ぎないのである。

結局、本件公訴事実については、被告人に過失がありこのため事故が起きたとする点について証明が十分ではなく、被告人は無罪である。(岡本 健)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!